初めに何をしたらいいか考えたとき私はとにかくその人の今までの人生を知るべきだと思って行動してた



同じ屋根の下で一緒に暮らしていたのに私はその人のことを知ろうともしなかった、そんな経験をしたから



知ろうとしないことは罪で、知らないことは恥だ



病室で色んな話を聞いた



自分の名前がちょっと古臭くて恥ずかしかったこと、色んな所にちょこちょこ稼ぎに行ったこと、顔の毛は常に剃っておくこと、見舞いに来る娘さんからよく怒られること、ご飯のスイッチは必ず入れておくこと、看護婦さんの患者さんへの悪口が丸聞こえなこと、迷惑になるからもうお家には帰れなくてもいいということ



お化粧はとても可愛らしく、ピンクの淡い口紅が似合っていた



ありがたいことに、以前私が見届けられなかった人間が白い結晶に変わる最期まで見届けることもできた



それが一番私には辛かったのだけれど



いつか向き合わなければならないし、また会いに来るという約束が守れなかったのにそれを避けていたら今頃後悔していたと思う



8月8日の朝



元々施術が適当で看護師が患者に転院を勧める医者だったし、麻酔も効き過ぎていて幻覚と幻聴と意識の混濁があり、ナースステーションに隣接する寒すぎる空調の病室で風邪を引いたひいおばあちゃんは痰が絡んで窒息死をした



連絡が来たのは朝6時頃らしいけれど、なぜか私は4時過ぎに目覚めたのでたぶんそうじゃないかと思っているし、親戚一同そう考えている



(かといって私は何も見えないのだけれど何も見えないことがこんなに寂しいとは思わなかった)



もう出先のついでに病院にお見舞いに行くことはないんだと思うと本当に寂しい



悲しいよりも寂しい



お盆だし、ゆっくり夫婦二人でデートを満喫してくれていると嬉しい



そして私たちの黎明





橋本ルルちゃんのミスidとかのムービー見てるとつくづく私は美しい人間になりたいんだと感じる


誰からも愛されるだなんて本当無理なんだけど小さい頃の私はトラウマになって私の背中にもたれかかっているわけで


例えば家柄が良くて、スイミングとピアノを習っていて、くもんとか塾に通っていて勉強ができて、足が速くて、華奢で可愛らしい雰囲気の子供だったならどんなに好かれたことだろう


大人というのは平気で差別をする、私もそんな大人だ


だから私が初めから贔屓される側の大人が良く好む子供になっていれば何の問題もなかったのではないかと思う


それは私の責任で、生まれたことも運命なのだけども


私は私で美しくなれる自信も要素もないから誰かから借りているだけ


家のことを気にかけるのも周囲に甲斐甲斐しい子だと思ってもらいたいし、化粧をするのだって私自身の本質は変わらないのだからただのその場しのぎで


完璧なものなんてないとはいうけれど私はそれが欲しくて欲しくてしかたがない


同時にどこか欠陥があるものも自分と被るからなのか愛おしくてしかたがない


いっぺんなってみたかったしなってみたいのだ、ただ黙っているだけで選ばれるような愛される美しい人間に




当たり前のことだけど私は自分が楽しいと思うものしか楽しいと思えない


悲しいけれど人は一人しかいないから分かり合えるなんて思わない方がいいと思う


すごいやだ、もう


他人に対する自分のキャパの狭さにもうんざりするしそこまでして自分自身の問題からは目を逸らしていたい自分もキモい


でもさやっぱり無理なものは無理なんだよ


病気になったことがない人は病気のことわかんないし病気になった人でも病識が無かったり「あたしのほうが大変だし」とかあるじゃん


私は新規開拓よりも古くから私の宝物だったあれやこれやを大事に大事にしていきたいよ


それに私は優しくないから自分以外の人のフォローまでできない、とくにあまり思い入れのない人や身勝手な人には


何度でも言うけど教室に会いに来てくれて家まで来てくれて気持ち悪がらないでくれて私を忘れないでいてくれてありがとう


思い出が生きているので私を明日に繋げてくれます


だいぶキてるので助かります、ほんとに


イラストボードに向き合っているけれど当分幸せな絵が描けそうにない


揺らがさないでください





人の死に際に立ち会うのはこれで3度目になる


その人がどんな人生を送ってこようが最後の最後は残される自分自身に悔いがないように過ごすのが一番いいのだと個人的には思う


死んだ人とは喋れないので文句も感謝も言えないのだから


(たぶん彼も思っているんだと思うけれど)私は直系の祖父母には幸せな勘違いをしたまま死んでいって欲しいと考えて行動している


「私は最後まで皆んなに敬われて大切にされて特別扱いをされる偉大な人物だった」という勘違いをしたまま


それが一番の彼女の喜びで望みだから


小さい頃から私は血の繋がりの中にいてそれを為すべき事として育ってきたから逃げることが考えられないし考えたくないのかもしれない


だって何か私に不都合があれば血筋の所為にもできるし血筋に甘えることだってできる、ぬるま湯の中でわがままを言っているだけなんだよ私は


でもじゃあ一番何がしたい?何が幸せ?と聞かれたら「家族で一緒に居たい」と言うのだけれど


大切な人は大切な人だ


大好きだし忘れたくないし一緒に過ごした時間と思い出がとっても大事なもの


月並みだけどそれを侮辱されるのは本当に腹が立った


お前が盗んだだのお前の所為で不幸になっただの色々変なこと言われるけれどこれだけは許せなかったしこれからも許せない


私を幸せにしてくれる人を侮辱するな


でもそうやって言い返せなかった、ごめん


言い返すという概念がもう押し殺されていてこの血筋の中で私には発言力もないというのが刷り込まれてるんだと改めて感じた


腹が立つので何回でも言うけど、たかが農家の口減らしで早々に嫁に出されただけの学無し作法も知らない女がたまたま嫁ぎ先の自営業が当たっただけのことでよく上からものが言えるなと


恥というものを私は学ぶことができて幸せだ


それに自分より非力な命を無下にする人間は自分以外の誰かを大切にかつ幸せにすることなんてできやしない


母には「決して忘れない」と言った


私はあの人達の死に際に何をしようか


虚しいことはこの代で止める





三竦みである


自分はいつも刺される側の人間でいるパターンが多くていつかそうなったらやだなあとか思ってたらいつの間にか刺す側の思考になってて怖くなった


身体が拒絶して意識が飛ぶ発作が再発した


加えて最近いつもならもっともっと我慢できていたこともなぜか我慢できないしうまく組み立てて物事を考えることがますますできなくなっている


人よる簡単に傷付くくせに立ち直るのに時間が何倍もかかるからいつまでも目に見えて前に進まない


心はあってもいいけど体はいらなかったな


うるさい


お願いだからこれ以上イライラさせないでどうか





人間の、自分の子供の親になる気はなかった


先天性の病気に後天性の婦人病、産めたとして子供に申し訳ないしまあいいんだその辺のことは

2015年5月25日、子猫の母になった日

どの子に優劣をつけるだなんてできないわけだけれどやっぱり彼女のことは特別視してしまう

6月手前にしてホッカイロを探し回ったのは忘れられなんだ

介助しても排泄がうまくできずに授乳で満足に眠れていないわたしを2〜3日に一度獣医に連れていかせ自ら浣腸をさせるようなお嬢様

一回の20mlもミルクが飲めなかったくせにわたしの足音で起きてきては一生懸命空腹を主張したわがまま娘

爪切りだけはどうしても嫌で嫌でわたしの腕に猫の噛み傷と引っかき傷を残した数の最高記録保持者

ただただ甘えん坊で手の平やら指に吸い付かないと眠れなかった子供

水色の目よ

母はお前に感謝しかしていない

きっと産みの親もそう思ってる

いつもお前の周りが暖かく、柔らかで、美味しいごはんに囲まれていることが母の望みです

どうか健やかでいてくれ



ACのコマーシャルの声真似をして砕けたスピーチをする女が嫌いだ


とくに意味もない他者を思う気持ちも薄っぺらいただ自分を公共広告機構だと思ってる女

私からその女に鞍替えした独身50代の気持ちはわからんでもない母性が欲しい変態だから

ただあの建物の中にはもう私の味方となる人間がいないのだとわかるとあの空間が贔屓で成り立っている分とてもじゃないが神経質にならざるを得ない

最初から一人も同じ身だったけど今度からは全員敵になったわけで

パニックの発作で私は意識を手放してしまうらしい

長い間よくわからない症状でいつも眠いのは同じだから寝足りないのか不真面目なのかなんなのかずっとわからないでいた

極度の緊張や不安、圧力を感じるとその発作が出る

てんかんとは違って予兆が掴めるだけありがたいと思うしかない

数年前に私を散々罵倒した挙句その面で私に再度すり寄ってくるというこれまた馬鹿な女の処分の相談をしてくる

世界やお前は良くても私に許されてると思うな